『武士道と日本型能力主義』

武士道に対する世間一般の誤解と、主君と武士の関係が日本の会社や社会の原点になっているという説が紹介されていました。日本型雇用の原点はどこにあるのか探る中で、非常に勉強になる本でした。

1.武士道とは

武士道とは、主君のために命を投げ出す武士というイメージから、一般的に「滅私奉公」「集団主義」というようなイメージを持たれがちです。しかしながら、本来は個人の自立性の上に成り立つ考え方であると指摘しています。

武士道とは、本来的には、武士が個人として践み行うべき規範の体系であり、個人としての人格的完成を目指す個体の道徳である。徳川時代の社会秩序がタテ型の身分序列を基本としていること、武士はいずれかの主君の従者として主従関係の秩序の内にあることから、それを反映して、武士道の徳目というものは忠義や献身といった主従関係の秩序に適合するものが前面に出てくるが、しかし基本はあくまで武士の個人としての完成を目指すものなのである。

このように個人の自立を尊重するからこそ、主君に対して阿諛追従する姿勢は忌み嫌われ、身を挺してでも諫言し反発する姿勢が尊ばれるとのことです。

そして、「駈込」と「主君押込」という二つの慣習から、武士の個としての自立を紹介しています(大変興味深いですが、ここでは割愛させていただきます)。

2.能力主義の誕生

江戸時代中期、8代将軍徳川吉宗の時に、画期的な組織改編が行われました。それが「足高制」の導入です。
 従来は家の石高と役職が紐づいていたために、例えば低い家柄だが優秀な人材を抜擢しようとしても家の石高が合わないから役職に就けられない、一方で石高を上げてしまうと旧来の身分秩序を乱してしまい反発を食らう、という身分制の問題を抱えていました。
 これに対して足高制は抜擢人事を行った際に、役職が定める石高と家の石高にギャップがある場合に、当該役職に就いている間に限って、差額を与えるというものでした。

これは、能力主義的な抜擢人事を行う一方で、旧来の身分秩序にも注意を払った、バランスが取れた画期的なシステムであると評価されています。
 例えば勘定奉行という行政官のトップともいえる職に就く人を見ると、従来は1000石以上の家柄にほとんど限られていたのですが、制度導入後は500石以下の人が半数以上を占めるという状態になりました。

また、勘定奉行所という行政官僚制の中核をなしていた部署では、能力主義に基づく内部昇進のシステムが整備されるに至ります。その結果、足軽という下級武士の身分ながら、勘定奉行まで出世し大名待遇となるような例も複数生まれました。

3.封建制度の日欧比較

このテーマが個人的には一番印象的でした。日本型雇用制度の原型は、江戸時代に生まれたのではと考えました。

ヨーロッパも日本と同じく王様と封建領主が存在し、王様から領土を与えられることで忠誠を誓う関係にありました。江戸時代というよりも鎌倉時代に近い感じでしょうか。
 そこから絶対王政に移行するまでの間に、行政面では日本とは大きく異なる発展の仕方をします。

ヨーロッパでは行政官僚として、専門の知識を習得した、一定の資格者(対応する学位を取得した)が活躍します。法律分野であれば、法律の学位取得者、建設分野であれば、建設の学位取得者といった感じです。その背景には、すでにこの頃から高等教育機関がしっかりと整備されていて、その資格に一定の社会的な認知度があったということでしょう。
 そして封建領主たちは身分制議会を開き、王様が行う行政を監視する役目を担います。

これは、王様・封建領主を、選挙によって選ばれた首長・議員と置き換えれば、今の民主主義の制度とほとんど変わりません。

一方の日本では、武士という戦場で戦う専門職、そしてそれに合った組織体制で、そのまま行政を行いました。当然ながら武士は行政的には素人ですから、各部署で見習という地位を設けて、OJTを通じて知識やスキルを身に着けていきます。そして内部昇進を通して、優秀な人材は上に上がっていくという仕組みです。
 一方で、行政側に各地方の代表者が入ることになりますので、内部で業務遂行をするにあたって、施政の監視を行う仕組みであったともいえます。

日本とヨーロッパで、この時点から、専門職を求めるか、総合職を求めるかの違いが生まれていたと言えそうです。

加えて、武士の君主に対する忠誠は、正に生涯にわたる忠誠です。それが会社に対する忠誠に変わってくることは、そう時間はかからなかったのではないでしょうか。一方で、武士を簡単に首にするわけにもいきませんから、終身雇用もこの時期から続いていると言えるでしょう。

4.所感と問題提起

武士道に対して、一般的な誤解をしていましたが、見方が変わりました。また、日本型雇用を江戸時代から引いてくるという発想は非常に斬新だと思いましたが、納得できるものでした。

一方で、日本のように能力主義、能力がある人が出世するということに対する肯定的な感情は、どこから生まれてくるのかは、いまだ疑問として残ります。ヨーロッパのように専門的な知識やスキルを評価するのではなく、能力を評価することには、かなりの難しさや評価者の恣意性が含まれると思いますが、なぜをそれを選択できたのでしょうか。

また、終身雇用と職務無限定性を考えたときに、終身雇用を先に考えると分かりやすくなった気がします。例えば建設奉行の武士を、建設事業が減ったから首にできるはずがなく(それは君主と武士の関係からあり得ない)、何らかの別の業務につかせたことでしょう。
 要するに雇用関係でもずっと雇い続けるという前提に立てば、その間に発生する業務都合に応じて別の業務を命じる可能性は当然にあり、さらには能力を見極めようとすれば、さまざまな業務を対応させた方が分かりやすいということになりそうです。

コメントを残す