世間的にも話題になっている、大阪医科大学の判決について、今回は取り上げます。
内容としては、約3年勤務したアルバイト職員に対して賞与が支給されないのは、同一労働同一賃金における不合理な格差であるとして、賞与の支給を求めた裁判です。
アルバイトに賞与なし、不合理と認めず 最高裁判決(2020/10/13 日本経済新聞)
同一労働同一賃金はここ数年ホットなテーマですが、非常に分かりにくいですよね。何が同一労働で何が同一賃金なのか。どんな差があってはいけないのかなど悩ましい問題です。そこで、いくつかの論点を考えてみたいと思います。
1.海外における同一労働同一賃金議論
まずは、そもそも同一労働同一賃金はどんな議論から生まれたものなのか、その背景を確認したいと思います。これについては、平成23年に労働政策研究・研修機構から出された研究会報告書が非常に参考になりますので、それを基に整理したいと思います。
同一労働同一賃金の議論は、欧州を中心に始まったといわれています。
最初の議論は主に人権的な観点から始まったものでした。例えば、性別や人種によって、同じ仕事をしていても賃金が異なる、あるいは待遇が異なるのはおかしい、というものです。これらの待遇差は、いうなればただの差別であって、断じて許容されるものではありません。
そのため、「人権保障」という観点から定められた同一労働同一賃金の原則では、同一の労働をしている従業員が、性別や人種などを理由に低い賃金を受けている場合に、同一の賃金支払いを義務付けられています。
一方で、使用者と労働者という当事者間の合意によって決定される雇用形態などを理由とした処遇格差は、これとは違った議論がなされます。まず原則としてお互いが納得しているのだから、格差があってもそれ自体は問題無いとしています。しかしながら、先に見た性別や人種を理由とした間接差別の恐れがある場合には、それは許容されません。例えば、女性は非正規雇用にしか就職しにくい実態がある中で、正規と非正規の格差が合理的とは言えない差があるとすれば、それは間接差別に該当すると考えられます。
つまり、雇用形態を理由とした処遇格差は、間接差別には当たらない、「合理的・客観的な理由」が必要とされているのです。
ただし前提としては、欧州では(というより日本以外のほぼすべての国は)職務給を中心とした賃金制度になっています。そのため、正規・非正規問わず、同一労働同一賃金がほぼ達成された状態が原則としてあり、それが歪められた状態というのは明らかにおかしいだろう、という考えがあります。
2.日本における同一労働同一賃金の議論
海外ではこれらの背景を基に議論が深まった同一労働同一賃金という概念ですが、日本では、正規雇用・非正規雇用の待遇格差の方が問題として認識されていました。ちょうど今から10年前の2010年代は、就職氷河期の非正規労働が社会的な問題として提起され始めた時期ですし、あるいは女性・高齢者の就労人口拡大もありました。
多くの日本企業では、正社員は職能給を中心とした賃金形態が確立していますが、非正規労働者は時間当たりの賃金(時給・日給等)を取るケースが多く、賃金形態がそもそも異なっています。
もともと日本の非正規労働は、主婦や学生のパートタイム労働のように、空いた時間に少し働く、という働き方を想定したものです。20世紀はそれでよかったのかもしれませんが、今のようにフルタイムで働く非正規労働者が増えると、大きな問題が出てきます。
加えて、正規・非正規が行う業務に、明確な違いがあるとは言えないのが現状です。
このような実情にありましたので、特に非正規労働者の処遇改善と、正規・非正規間の待遇格差に対する不公平感の解消を目指して、議論が本格化されることになりました。
この流れを冷静に考えてみると、必ずしも「同一労働同一賃金」を目指したものではないということに気付かされます。
そもそも日本の職能給制度のもとでは、何をもって同一労働というのか、何をもって同一賃金というのか、非常に分かりにくいのが実情です。
例えば新入社員のAさんと、3年目で別の部署から異動してきたばかりのBさんが同じ仕事をしている場合に、同一労働と言えるのでしょうか。あるいは、独身のCさんと、結婚して子どももいるDさんとで、Dさんには家族手当が支給されるので、毎月数万円の賃金の差がある場合に、同一賃金ではないと言えるでしょうか。
これらの待遇差でさえ、合理的な説明は困難なのですから、ある程度合理的とは言えない部分は残しつつ、ひどすぎる格差(=不合理な格差)は改善するという議論に進むのはやむなしかと言えます。
一言で言えば、日本の正社員と非正規労働者の労働面での違いは、正社員は職務・勤務地・労働時間が無限定のもとで働いているという点に尽きるかと思います。異動があり、転勤があり、残業や休日出勤があるのだから、非正規労働者よりも良い待遇にしている、ということです。この点を踏まえておかないと、正社員なのに異動がほとんどない会社や、非正規労働者にも残業をバンバンさせている会社は、違いがあるとは言えなくなってきますよね。
3.合理的であると、不合理とは言えないの違い
ここで少し脇道に逸れますが、合理的とは言えないとは、不合理であるとイコールではありません。この点について少し見てみたいと思います。
細かい話ではありますが、日本における同一労働同一賃金の条文はこのようになっています。
(不合理な待遇の禁止)
パートタイム労働法
第八条 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。
ここで指摘したいのは、あくまで不合理と認められるような差をつけてはいけないということであって、その格差が合理的でなければならないというわけではないということです。
一方でEUにおける議論では、
雇用形態に係る「均等待遇原則」とは、客観的(合理的)な理由なく、その雇用形態(パートタイム労働・有期契約労働・派遣労働)を理由として、比較可能な労働者(フルタイム労働者・無期契約労働者・直接雇用労働者)と比べて、使用者は、非正規労働者に対し、賃金を含む労働条件に関して不利益な取扱いをしてはならないとするもので、「不利益取扱い禁止原則」を意味する。
雇用形態による均等処遇についての研究会報告書,独立行政法人労働政策研究・研修機構,平成23年.
というように、合理的な理由なく不利益な取り扱いをしてはならない、裏を返せば、格差は合理的な内容にしなければならないということを規定しています。
先ほども言及した通り、欧州における同一労働同一賃金の議論は、あくまで性別・人種・身分などの、差別を撤廃するという理念の下で始まったものです。そのため、差別を一部でも残すという考えは一切許容されていません。
この日本と欧州の違いは、実際に争いになった際には大きな争点になります。具体的には、今回取り上げた大阪医科大学の事件においても、高裁判決では6割の賞与を払うように指示しています。これはどちらかというと、賞与無しは不合理なので、「合理的な範囲」で支払うよう指示したと言えるかと思います。
一方で今回の最高裁判決では、賞与が支払われないことは、不合理とまでは言えないと判断されました。
4.現実的な対応方法
同一労働同一賃金に関するこれまでの判決を踏まえて、会社が立ちどころに行っておくべきことは、まずは、正社員と非正規社員の待遇の差を、説明できるようにしておく、ということです。
例えば、正社員にしかつかない手当てがあった場合に、その手当がどのような経緯によって生まれたもので、なぜその金額なのかといったことを、当時の議論を掘り起こしながら整理しておかなければ、いざ従業員から問い合わせがあった時に、間違った回答をしてしまうかもしれません。
続いて、採用が困難な時代でもあるからこそ、非正規労働者の待遇を上げる方向で、待遇差の均衡を図る必要があることは、間違いないでしょう。そのためには企業としての成果が上がらなければならず、非正規労働者にも戦力になってもらわなければなりません。
そうなってくると、最後に決定的な解決策として挙がってくるのは、職務給制度の導入でしょう。正社員であっても非正規労働者であっても、仕事の範囲と権限がはっきりしていて、やり方もはっきりしていれば、待遇の差は純粋に上で言及した、無限定性の部分のみにできます。一方で、やり方まではっきりさせることで、雇用形態に限らず、会社の戦力として活用することが可能となります。
ただし、その場合、これまでの職能給制度の良いところをどのように生かす制度にするのか、特に新卒で入社したての総合職正社員をどのように処遇するのかは、頭をひねらないといけない問題として残りますね。