業務的健康管理(高尾メソッド)に準拠した私傷病休職規程

私たちがお勧めしているメンタルヘルス対応は、業務的健康管理に基づくメンタルヘルス対応(通称、高尾メソッド)です。

私は社会保険労務士という立場から、高尾メソッドに準拠した私傷病休職規程を作成するお手伝いをしています。

1.なぜ就業規則が必要か

就業規則は、会社と労働者の労働契約に準じたものです。労働契約が個別的な約束内容を定めているのに対して、就業規則は会社と労働者“集団”との約束内容を定めています。

高尾メソッドにおける対応は、基本的には労働契約の本質に立ち返っています。例えば、「職場は働く場所である」という原則は、例え就業規則に規定されていなくても、労働契約を結んでいれば当然のものです。ここから導き出される復帰基準についても同様に、就業規則になくても、ある意味で自明な内容です。
 そのため、就業規則に規定しなくとも、実際には運用可能であります。特に、事例対応からまず取り組もうとした際には、就業規則へ規定されていないことが前提ですから、その中で本人に説明して対応しなくてはなりません。

一方で、就業規則に定めることにより、約束ごとを明示化することができます。そのため運用面では「就業規則の第●条に定めている通り~」と、規程を背景に説明することが可能となります。
 結果として、運用や対応が非常にスムーズにできますので、規定化するチャンスがあれば、取り組むことをお勧めしています(例えば、他の規程を改定するタイミングとか、休職者が誰もいないタイミングとか)。

2.通常の就業規則の問題

これまで数多くの就業規則を確認してきました。おおむね以下の3点が定められていなかったり、定め方が不十分だったりして、問題になっているケースが数多く見られました。

①復帰基準
「私傷病が治癒したときに復職とする」というような規定をよく見かけます。ですが、病気が治ったからと言って、業務遂行が問題なく行えるかは別問題です。
 要するに主治医が「治癒した」と診断したとしても、職場で職位相当の業務を遂行できるか、安定継続的に出社できるかどうかは分かりません。なぜなら主治医は疾病が治ったかどうかは判断していますが、業務遂行できるかどうかを直接的には判断していないからです。そのため、医者の判断だけでなく、事業者の判断基準も明確に入れておかなければ、「復職可の診断書が出ているけど、業務ができるとは到底思えない」というような事例が発生してしまいます。

②通算規程
通算規程とは、休職や欠勤を繰り返す際に、その前後の期間を合計する制度です。通算規程がない会社はだいぶ少なくなってきましたが、今でもたまに見かけます。
 メンタル不調は完全に治癒することは少なく、再増悪するケースがよくあります。また、上記のように復帰基準があいまいな場合、治ったとは言えない状況で復職するため、すぐに再び休み始めるケースもあります。

それで困ったことのある会社では、通算される期間をより長期に、あるいは回数制限を設ける、などするようですが、多くの場合、問題は規程の仕方です。
 「同一または類似の傷病の場合、通算する」としている場合、傷病が同一または類似かどうかは、会社には判断できません。結局、診断書を求めることになるわけですが、会社が望むような(=同一または類似の傷病名)内容が書かれることは少なく、困ってしまいます。

③原職復帰の原則
私たちは、原職、すなわち元の職場、元の職位、元の職務への復職を原則としています。実は多くの会社で原職への復帰を原則にしているのですが(当たり前で、復帰時は必ず部署異動する!、というような規定はありませんよね)、問題はその例外です。
 例えば、疾病によっては部署異動することがあるとか、産業医の判断で部署異動をするとか、そのような例外が規定されていることがあります。ですが、これらは関係者の恣意的な運用に繋がり、原職復帰の原則とは言えません。

結果的にどのような事態が発生するのか。例えば元の部署に戻ってほしくないと上司が思った時に、産業医に交渉して部署異動を意見してもらったり、本人が元の部署へ戻りたくないと思った時に、診断書に基づく異動を求めてきたりします。こうして人事異動は会社の人事権の一つであるはずなのに、完全にコントロール外になってしまうわけです。


それでは、このような各論点に対して、どのような規程例が考えられるか、示していこうと思います。もちろんこれ以外にも、落とし穴はありますので、もし気になる方はこちらからご相談いただければと思います。

3.復帰基準を3つの観点から規定する

復帰基準は、業務基準・労務基準・健康基準の3つの観点から整理し、判断するようにしています。そのためこれらを復帰基準として明記することをお勧めしています。具体的には、次のような規程例を用意しています。

第●条 復帰判定基準は次のとおりとする。
 当該従業員が、復帰後、以下の①から③の基準を満たす状態が、6ヶ月以上安定継続的に可能と見込まれ、療養の原因となった疾病が増悪することはないと判断できること。

①業務基準
元職場・元職位・元職務(以下、3つを併せて「原職」という。)への復帰を原則とし、復帰後の業務効率・質・量等が、職位相当、最低8割以上であり、2ヶ月以内に職位相当10割に回復すること。

②労務基準
前号の職務において労働契約における所定の始業終業時刻による定時勤務できること(交替制労働者の場合は、交代勤務を含む)。復帰当初は時間外・休日労働をさせないが、復帰後1か月経過後からは、業務上必要な時間外・休日労働を命ずる。

③健康基準
健康上の問題による業務への支障、および業務による健康上の問題が発生するリスクが最小化されていること。

このように規程すれば、治癒しているかどうかは復帰基準の一つであり、それとは別に業務遂行が可能かどうか、労務基準を満たして働けるかどうか、判断することになります。

そんな判断ができるか、不安になるかもしれませんが、心配ありません。なぜなら採用時には、そのような判断をしているはずだからです。手順に従って復帰準備の報告を受けていれば、判断材料は十分にありますので、自信をもって判断できるでしょう。

4.疾病名に左右されない通算規程にする

先ほど言及した通り、同一または類似の傷病を通算対象にしている限り、疾病名の縛りを受け続けてしまいます。それを避けるために、次のような規程例を用意しています。

第●条 休職から復帰後、連続した6ヶ月において無遅刻・無早退・無欠勤を遵守でき、かつ、療養の原因となった傷病に関連しないことが明らかである特別な事情がある場合を除いて事前に適切に申請することなく業務に従事できないことがなかった場合には、それ以前の休職期間は、次の休職期間に通算しない。

この規程は、遅刻や早退、欠勤、急な休みなどの勤怠の乱れが6か月間無いことをもって、通算対象外とするようにしています。裏を返せば、勤怠の乱れが続く限りは、通算対象期間が続くわけです。

少しアクロバティックな規程のように見えますが、要は勤怠の乱れの理由をどのように判断するか、という点がポイントだと考えています。基本的には、傷病と関係ないことが明らかでない限りは、傷病と関係のある勤怠の乱れだと考えるようにしています。
 厳しいように感じられるかもしれませんが、普通に働いている従業員の勤怠の状況はいかがでしょうか。急に休むことや遅刻早退することは滅多にないのではないでしょうか。復職した以上は、他の従業員と同じように労務管理ができることが前提です。

5.原職復帰の原則の例外を明記する

原職復帰の原則の例外は、業務都合により原職がなくなった時のみとしています。それは次のように明記します。

第●条 復帰時には、元の職場、元の職位、元の職務(以下、原職という)に配置するものとする。ただし、業務の都合により、原職のいずれかを満たすことができない場合には、復帰時の配置について、会社が業務の都合を勘案して決定する。

重要なポイントは、この中に本人の希望や、疾病の状況などは含まれない点です。あくまで原職復帰とし、もし原職がない場合は会社が復帰場所を決定する、というポイントは外してはいけません。

むしろこの論点は、例外を規定してしまっている従来の規程を、修正する必要があるとも言えるでしょう。


私傷病休職に関する就業規則のリスクアセスメントを行っています。もし興味のある方は、こちらからご相談いただければと思います。

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