これからの雇用体系

前回に引き続き、『人事と組織の経済学』を読んで、個人的に考えた考察をまとめてみようと思います。新しい組織づくりの一助になれば幸いです。

1.「組織は戦略に従う」という考え方

組織と戦略はどのような位置関係にあるでしょうか。
 組織>戦略、あるいは戦略>組織、二つの考え方がありますが、私は「組織は戦略に従う」というチャンドラーの考え方に基づくべきだと考えます。

具体的には、企業活動は、経営方針・経営戦略がまずある。方針や戦略を実行するために、経営資源を配分し、組織を作り、事業活動を運営していく。
 日本人は戦略、特に大戦略を考えることが苦手だとよく言われますが、経営に関してもこの視点が抜け落ちがちです。なので、なおさら「組織は戦略に従う」という考え方を意識すると良いでしょう。

つまり、どのような組織形態が良いのか、雇用体系が良いのか、賃金制度や評価制度が良いのかは、経営戦略次第ということです。
 裏を返せば、これら人事諸施策が経営戦略よりも先に出ていては、企業の生産性が上がることはないか、あったとしても偶然上がったということでしょう。

「成果主義」「360度評価」「ジョブ型雇用」など、トレンドワードに踊らされるのではなく、経営戦略を実行するために、どうすればよいか、人事として考え続けなければなりません。

2.変化が激しい時代の労働者のスキル向上

変化が激しい時代、労働者に求められるスキルも次々と変わります。昨今で言えば、例えば「オンライン会議システムの活用スキル」「オンライン会議の運営スキル」などは、急に求められるようになったスキルと言えそうです。

まず一般的な話をすると、次のように考えられます。

極端にいえば、二つのケースがある。研修が内部の会社にとっても、外部の会社にとっても、等しく価値がある場合と、外部の会社にとっては全く価値がない場合である。これら二つのケースを、一般的人的資本(GHC)企業特殊的人的資本(FHC)と呼ぶ。例にあったように、研修のほとんどは、これらの間のどこかに位置付けられる。

(中略)

新しい研修が、内部の雇用主と等しく外部の雇用主でも、同じ価値として見られるケースだ。この場合の考え方は、教育への投資と同様なものとなる。労働者が研修を受ければ、市場価値は上がる。会社は研修が修了すれば、その労働者に高い給料を払うか、あるいはその労働者が退職するリスクを負わなければならない。このことから、研修による能力が一般的人的資本である場合、労働者が100%その投資を負担すると同時に、100%そのメリットを享受すべきということが、一般的なルールなのである。

(中略)

企業特殊的なOJTへの投資は、純粋な一般的人的資本や教育への投資と異なって、労使折半となるだろう。労働者にとって、研修中の給与は他の職場での給与よりも低くなるだろうあ、正味の給与としては高い。研修後の給与は、他の職場でのそれよりは高くなるだろうが、生産性と比べれば低いものとなる。

エドワード・P・ラジアー,マイケル・ギブス『人事と組織の経済学・実践編』日本経済新聞出版社,2017.

この考え方は、「ジョブ型」と呼ばれる、海外の雇用慣行からすれば、「一般的なルール」と言えるのかもしれません。ただ、私たち日本人からすれば、ちょっと直感では受け入れにくい気がします(かつて大手企業でMBA留学をさせた結果、帰国後に多くが退職してしまったという事例は、正にこれを示していると言えそうですが)。

ジョブ型雇用では、職務は基本的に限定されます。そして求められる一般的人的資本を持っていなければ、当該ジョブの下で雇用されることはありません。
 例えば、会計事務所の事務員のジョブが募集されている場合、「専門学校卒程度の簿記の知識」が募集条件となっているとします。その場合、自身で専門学校に通って、簿記の知識を身につけなければ、採用されることはありません。

雇い入れ後に、求められる一般的人的資本が拡大することはないはずですが、一方でそのジョブが不要となった場合には、解雇されてしまいます。そうなった場合には、今持っている一般的人的資本で働くか、キャリアアップのために新たな一般的人的資本を身に着けるか、どちらかとなります。
 要するに、ジョブ型雇用においては、各自が自分のキャリアを主体的に考えて、必要と思われる一般的人的資本を、自助努力により身に着けていく必要があります。身に着けることをやめた時点で、短期的にはキャリアは停滞しますし、長期的にはせっかく身に着けていた一般的人的資本でさえ陳腐化してしまい、役に立たなくなってしまいます。

一方の日本型雇用では、職務は限定されません。特に事務職は職種が広範にわたります。そのため、採用時点でどの一般的人的資本が必要か、定めることはなかなか現実的ではありません。採用後に配属される部署・職種に合わせて、必要な知識を身に着ける方が合理的です。例えそれが一般的人的資本であってもです。なぜならどの部署へ配属されるかは会社の裁量なのですから。
 逆に、仮に自身のキャリアアップのために、専門学校や大学院に通って、学位を取得したとしても、それにより配属に影響が出るわけでもありません。

要するに、日本型雇用においては、各自が自身のキャリアを主体的に考える必要がないのです。なぜなら、主体的に考えたところで実現するわけではないからです。それよりも、会社に言われたとおりに、必要なスキルを身に着けていく方が、無駄なく効率的でさえあると言えます。
 ところがその場合、一般的人的資本であっても、本人が自身のために身に着けるわけではないので、ある意味で企業特殊的人的資本と同じ議論になります。つまり、一般的人的資本を身に着けるために、労働者と会社が研修費用を折半することが、正当化されるわけです。

まとめると、自分のキャリアの選択に対して、自分で責任を負うジョブ型雇用と、会社に言われたとおりに身に着ける日本型雇用という対比ができるかと思います。

そして忘れてはいけない大事な点は、どちらも人的資本を身に着け続けなければ、その場にとどまり続けることさえできない、という点です。企業だって、新しいサービスを提供し続けなければ、存続できません。そこで働く労働者も新しいことをできるようにならなければ、その職にとどまることが難しいでしょう。

この点、変化がゆっくりとした時代であれば、仕事をしながら身に着けることができる経験だけで、何とかなっていたのかもしれませんね。ですが変化が激しい時代において、このような消極的な姿勢では、必要な知識をキャッチアップするのは難しくなってくるでしょう。
 しかし一方で、言われたままに必要な知識を習得するというのは、モチベーションの観点から、厳しいことも事実です。そこで次に挙げるように、日本型雇用においても自身のキャリアを主体的に考えることが必要になってくると考えます。

3.これからの雇用体系

よく、ジョブ型雇用は職務が限定されていると言われますが、ちょっと視野が狭くなっていると感じます。というのも、ジョブ型雇用における管理職やマネージャーはかなりの無限定性の中で働いているからです(厳密な意味での労働者という枠から外れているとも言えるでしょう)。
 例えば、日産の社長だった、カルロス・ゴーン。彼はグランゼコール卒業後、タイヤメーカーのミシュランに就職します。初めの半年こそ製造現場にて勤務しますが、その後スーパーバイザー、品質管理エンジニア、現場マネージャーと次々と昇格していき、26歳にして工場長、29歳にして大型車用タイヤのR&Dテクニカルセンター長、そして30歳にして南米ミシュランの最高執行責任者に就任します。とんでもない無限定性ですし、責任と裁量を負わせていますよね。

要するに、ジョブ型雇用においては、管理職と労働者が明確に区別されていて、労働者は職務限定的(かつ勤務地や労働時間も限定的)な雇用をされる一方で、管理職は初めから管理職として、極端な無限定性のもとで働かされるということです。特に後者はあまり意識されていませんが、重要な点でしょう。
 なぜ管理職は無限定性のもとで働くことになるのか。それは、先に指摘したように管理職は社内の調整能力が求められるために、幅広い経験や幅広い人脈が必要だからです。

翻って日本型雇用を見てみると、管理職と労働者の区別がかなり曖昧だと言えます。採用当初は労働者として横並びで働き、徐々に昇格しつつ、40代手前で多くが管理職となっていく。そしてその中のごく一部が経営幹部にまで昇格していく。つまり、入社後20年くらい経つまで、選抜をしないということです。
 その間、労働者あるいは下位の管理職として、職務無限定性のもとで働くこととなります。もちろん社内の調整能力は高まるでしょう。しかし一方で、専門性は身につかない人が多く生まれてしまいます。

また一方で、高度に専門性を持った人材を、処遇する枠が存在しないことも問題です。例えば、大学卒業間もないが、とても優秀な人材がいたとしましょう。このような人材は日本にとどまらず、海外からも引く手あまたな状況です。
 この人材を、海外企業と争って採用するために、一般的な新卒採用者の何倍もの初任給を出せるような仕組みが、社内にあるでしょうか。

こうした専門人材は長期雇用を前提とすべきではないと考えます。なぜなら、彼ら彼女らが持っている専門性は、あくまで「現時点」で必要とされているだけであり、今後も引き続き必要になるか分かりませんし、専門性の希少性が維持されるかも分からないからです。

さて、これらをまとめた上で、私からの提言です。今後の日本型雇用は、入り口を二つに、途中で三本になるキャリアマップをイメージするべきであると考えます。

具体的には、まず新卒採用後10年程度は、3年~4年で三部署程度を異動により経験してもらいます。その後マネジメント能力が高い人を選抜して、管理職とする一方で、それ以外の人については、比較的限定的な職務範囲において専門性を高めることに注力してもらいます(これを、「職人」と呼ぶこととします)。
 またこれとは別のラインとして(初めから入り口も別として)、専門性が高いプロフェッショナル人材としての雇用体系を設けます。

(1)管理職

管理職は、必要なポストに合わせた選抜、かつ管理職として求められるマネジメント能力が高い人に限った選抜を行います。
 そのため、ポストに空きがなければ、いくら優秀な人であっても管理職にはなれませんし、仮に空きポストが全て埋まらない場合は、社外からでも優秀な人を採用します。また、いくら一個人として優秀な労働者であっても、マネジメント能力が欠けていると判断された場合には、管理職にすべきではありません。

そして、管理職として厳しい環境で働いていくモチベーションが高い人に限ります。こうすると管理職になりたい人が減るのではと思われるかもしれませんが、であるならば、適切な処遇=好待遇を行い、社外からも優秀な人材を集めるべきでしょう。

この管理職は、ジョブ型雇用における管理職のように、広範な無限定性と裁量・責任を負わせて、ストレッチ目標と経験を積ませていきます。そして、レンジありの職務給により、就いているポストに見合った処遇をします。

(2)職人

職人はある意味で管理職として選抜されなかった人たちですが、あくまでマネジメント能力が足りなかったというだけですので、優秀ではないというわけではありません。マネジメント能力はあくまで能力の一部ですので、その点は誤解しないようにしてください。

職人は、これまでの10年程度の職務経験の中から、自身で高めていきたい分野で、かつ会社からも適性があると考える分野の専門性を高めていくことに注力します。そのため、職人としてのキャリアを歩む際の会社と労働者のキャリアイメージのすり合わせが重要です。
 専門性を高める分野を限定し、自身のキャリアイメージと一致させることにより、オンオフとらわれない専門性を高める努力を促すことにつなげます。

ただし、専門性を高める分野の限定は、緩やかな約束にすぎません。無限定性は維持され、会社の都合による異動の可能性は残ります。一方で、異動による再教育の必要性やコストを考えると、会社も無意味な異動は行うメリットが無いので、ある程度は抑制されることとなります。
 なお、高い専門性を有し、かつ分野を確実に限定したいと考える場合に備え、次のプロフェッショナルへの転向をできる制度にしておきます。

職人の賃金体系は、異動の可能性がある以上、そして経験年数の蓄積によりある程度は専門性が高まることを考えると、上限付きの職能給がふさわしいと考えます。

(3)プロフェッショナル

プロフェッショナルは新卒・中途問わず、高い専門性を有する人材を処遇するための雇用体系です。あくまで職務内容等に限定を設けた雇用を行い、市場価格に合わせた好待遇で有期雇用を行うイメージです。場合によっては、各部門に割り振った人件費の中で、採用や労働条件決定に関する自由も認めて良いでしょう。

専門性の高い人を活用する場合、業務委託等の形態も考えられますので、プロフェッショナルを恒常的な雇用体系と位置付ける必要はありません。高度な人材を雇用したいと思った際に活用する、例外的な位置づけとして考えます。


以上は、現状の日本型雇用の問題点をどのようにすれば解消でき、また良い部分をどのように残せるか、という観点から考えたものです。あくまでまだ思案した段階で、賃金や評価をどのようにするか、精緻に詰められているわけではありません。

冒頭に戻りますが、「組織は戦略に従う」という考えに基づいて、ぜひゼロベースでこれからの組織体系を考えてみて頂きたいと思います。