1.はじめに
日本型雇用の特徴として、職能等級制度に基づく賃金と、職務内容・勤務地・労働時間が限定されない職務無限定性が挙げられます。
一方で日本以外の多くの国では、職務等級制度に基づく賃金と、職務内容・勤務地・労働時間に限定がある職務限定性が一般的です。
個人的には、職能等級制度にはいくつもの問題を抱えていると感じています。特に、優秀な人材(新卒・中途問わず)を活用しきれない今の仕組みや、正規・非正規間の待遇の格差は、社会全体の生産性向上という観点からも大きな問題です。
そのため今後の日本の社会においては、一定程度職務等級制度の考え方を導入しなければならないと考えています。
しかしながら、日本型雇用における職務無限定性という特徴は、労働者にとっても会社にとっても多大なメリットをもたらしており、安易に手放すべきではないと考えています。
会社にとってのメリットとは、異動により適正な人員配置を可能とする点です。『人事の成り立ち』に分かりやすい説明がありましたが、例えば上位職が定年退職した場合、玉突き人事を繰り返すことで新卒を採用すれば補充ができる、という点は採用コストという観点から相当なメリットだと考えられます。
一方で労働者側のメリットとは、専門的なスキルがない状態でも企業に採用・育成してもらえるという点です。この点は見逃されがちですが、日本の高等教育において、職業教育をほとんど行っていない現状では、重要な点だと考えられます。
2.職務給と職務無限定性は成立しうるか
職務無限定性が日本でしかとられていない上に、日本では職務給はほとんど採用されていないことから、ほとんど実績はありません。そのため、この点についてはあくまで考察として深めていきたいと思います。
職務給は、まず職務の内容や求められる能力に基づいて職務の難易度を決定し(=職務評価)、続いてその難易度に応じた給与額を決める(=職務給の決定)という二段階で、構成されています。要するにただ職務内容に応じた賃金を決める方法にすぎないというわけです。
また、職務給であろうと職能給であろうと、配置転換の可否は当然には決まりません。もちろん職務給制度においては、職務内容と求める成果と賃金をセットにした、個別の労働契約を各従業員と締結する方が運用しやすいのだと思います。しかし、繰り返しますが、職務給や職能給はあくまで給与の決め方にすぎず、理論的には、職務給かつ職務無限定性という状態は成立すると考えられますし、実際にそのような企業は存在します。
では、その場合に何が問題になるのか。一番の問題は、職務難易度が下がる異動を行った場合に、賃金の減額が発生してしまう点でしょう。
この問題は、職能給制度ではあまり起こりません。なぜなら一度獲得した職能が下がることを想定していないからです(ただ、職能給制度の考案者である楠田氏は、実は「同一投球の他職務に異動しても等級を維持できる猶予期間は2年。2年たって能力を発揮できない場合、等級を洗い替えする」という制度設計上の注意点を説明しており、職能給だから賃金は下げられないというのは若干思考停止状態だと思われます)。
また、多くの日本企業が職能等級を下げる想定で制度設計をしていない以上、これから降格制度を導入しようと思うと、それは労働条件の不利益変更の議論になります。結果的に、不利益の程度を緩和するために、例えば2年連続最低評価+本人の弁解の機会、というような奇怪な手続きを設定し、事実上降格できない状態が続いているのです。
3.L産業(職務等級降級)事件(東京地判平27・10・30)
話は脱線しましたが、職務等級制度における降級に関して、一つの裁判例をご紹介します。
この事件は、あるチームリーダーが、参加していたプロジェクトが目的達成後に解散したため、チームリーダーから一般職に職務が変更された事件です。職務の変更に伴って賃金の減額が発生していたこともあって、その変更の有効性について争われています。
判決では、①業務上の必要性の有無、②不当な動機・目的をもってなされた対応かどうか、③労働者が被る不利益の程度、の三点から降級が人事権の濫用であるかどうか議論され、結果的に人事権の濫用とは言えず、降級は有効だと判断されています。
職務給を普通に運用するにあたって、①の業務上の必要性があり、②の不当な動機や目的はないという前提で考えると、③がどの程度まで認められるのかが問題となります。
当該事件においてはおよそ5%の給与の減額は、職務内容の変更から見ても、通常甘受すべき程度を超えているとは言えない、とされています。この点は職能等級制度においても同じことで、裁判例をいくつか見てみると、やはり5%~10%のあたりが、労働者が通常甘受すべき程度を超えない、給与の減額範囲になりそうです。職務等級制度を設計する際に、各等級間の賃金差および、同一等級内の賃金レンジを考える際には、これを参考にするとよいでしょう。
4.結論
これまで考察してきた通り、職務給においても、無限定性を維持することは不可能ではありません。しかしながら賃金の大幅な減額を伴わない形での異動ということになると、おおむね同一難易度かつ職務適性もある職務への異動が前提となり、職能等級制度のもとでの異動よりも制約が大きくなります。
これは従来職能等級制度でのジョブローテーションの大きな目的であった、人材育成という観点からは看過できない制約と言えます。全然経験がない職種に、育成目的で異動させることが難しいためです。そのため、組織内のキャリア形成のイメージや、人材育成の方法など、別の観点からも検討が必要と言えるでしょう。